日本史Bの常識 奈良時代の権力者

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日本史Bの常識

 日本史Bを学んだ人にとっては常識でも中学歴史までの人にとっては全く持ってよく分からない内容を日本史Bの常識として紹介するこのページ。今回取り上げるのは奈良時代の権力者です。

奈良時代の権力者と言えば

 日本史B → 藤原不比等、長屋王、藤原不比等の四人の子供、橘諸兄、藤原仲麻呂、道鏡、藤原百川の順で藤原氏とそれ以外の人が交互に権力を握った。

 中学歴史 → 聖武天皇?

様々な権力者が現れては消える時代

 奈良時代と言えば思い出すのはなんと美しい平城京ということで平城京に政治の中心が置かれていた時代ですが、様々な人が権力を握った時代でもありました。

 上にあげた権力者たちはすべて覚える必要があるのですが藤原氏とそれ以外が交互に並んでいるという特徴があります。

 藤原氏は平安時代に入り大きな権力を握っていくことになるのですが奈良時代でも権力を握る藤原氏が現れます。しかしあまり長続きしないという特徴があります。

最初の権力者

 藤原氏の最初の人物と言えば藤原鎌足(中臣鎌足)ということは小学校の歴史でも習うことなのですがこれがどのようにして平安時代の藤原道長までつながるかは日本史Bを学ばなければわかりません。

 まず最初の権力者である藤原不比等は藤原鎌足の子供になります。藤原鎌足は飛鳥時代に大きな功績をあげており不比等はそれを受け継ぐことで大きな力を持つことなります。

混迷の時代

 藤原不比等がなくなり次に力を持ったのはその子供ではなく長屋王という人でした。天武天皇の孫ということもあり力を持ちます。しかし長続きしません。徐々に不比等の子供たち、通称藤原四子が力を持ち始めます。さらに子供たちは長屋王に謀反の罪を着せて自殺に追い込むことで完全に権力を握ることになります。

 しかし子供たちも長続きはしません。当時流行していた疫病により四人の子供はあっという間に死んでしまったからです。

 次に権力を握るのは橘諸兄という人ですがしばらくすると藤原不比等の四人の子供一人武智麻呂の子供、藤原仲麻呂が力を持ち始めます。

 しかしこの人も長続きはしません。なんと次に力を持ったのは僧である道鏡という人物。力を持ち始めるきっかけは上皇の病気を治したこと。この結果、上皇は道鏡を寵愛し道鏡を次々と要職につかせます。そして力を持った道鏡は最終的には天皇に準ずる位になりさらに皇位につこうとしたところで力を落とし始めます。

 奈良時代に最後に力を持ったのが藤原百川。ここから藤原氏が揺るがない力を持つことになる平安時代に突入します。

中学歴史では

 中学歴史では奈良時代の権力闘争については学びません。また奈良時代自体もかなり内容が薄くなっています。そのため奈良時代は特に何もなかったという印象を持つ人が多いかもしれませんが実際は様々な権力者たちが現れては消えた混乱の時代です。そう考えるとかなり面白い時代だと思えませんか。

まとめ

 奈良時代は藤原氏とそれ以外が交互に権力を握った混乱の時代であった。

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