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中学で学ばない日本史の常識28 大御所時代、徳川家斉による江戸時代で最もひどい時代

江戸時代でひどい時代と言えば

 江戸時代は長い時代であるため細かい時代に分けることができます。その細かい時代の中でひどい時代と言えばあなたはどの時代を考えるでしょうか。例えば生類憐みの令で有名な徳川綱吉の時代、賄賂が横行した田沼意次の時代を考える人が多いのではないでしょうか。

 しかし上2つよりもよっぽどひどい時代があります。それが大御所時代です。

日本史Bの常識~二十八~

問:江戸時代後期、大御所時代と呼ばれる時代で政権を握っていた江戸幕府第11代将軍を答えなさい。

日本史B:徳川家斉

中学歴史:徳川?

失敗した寛政の改革

 徳川家斉が将軍になった当初は老中の松平定信が政権を握っていました。この松平定信が行った幕政改革の名前は多くの人が知っている寛政の改革です。

 定信は田沼政治を改めるために多くの改革を行いました。ただしそのやり方にはかなり批判がありました。その後ある二つの問題(ここでは省略)をきっかけにして定信はわずか6年で老中を辞めることになりました。

家斉による腐敗政治

 寛政の改革は結構有名な言葉ですが意外とその期間は短く、またこの改革の影響はほとんどなかったと言われています。

 そして寛政の改革の後は将軍、家斉が長い間政権を握ることになります。この期間、あまり有能な人物が現れなかったため家斉の好き放題な政治が行われることとなりました。

 家斉はとにかく贅沢三昧で、ろくな政治を行わず世の中は乱れていきました。やがて田沼時代の再来と言われるようになりました。

 また凶作の時代が訪れた時、幕府は全く対策を行わず、やがて大塩平八郎の乱が起きました。この時から幕府の衰退が始まることになります。

 家斉は将軍を家慶に譲った後も大御所として政権を握ったため家斉が政権を握っていた時代を大御所時代と呼びます。

まとめ

 徳川家斉によるひどい時代=大御所時代